普通に生きることって?「コンビニ人間」を読んで

幼い時の公園での出来事でした。青い小さな鳥が死んでいるのを見つけ、周囲の子らがかわいそうと泣いている時に主人公が母親に言った言葉が衝撃的でした。「これ、食べよう。」「お父さん、焼き鳥が好きだから焼いて食べよう。」と。どんな内容の小説なのかと少し不安になりました。もちろんその後、母親に諭されて公園に埋めたものの、主人公はその埋めた所にきれいに咲いている花をちぎって供える周囲の大人や子どもに違和感を覚えます。死んだ鳥は食べてはいけないのに、どうして生きて咲いている花はちぎってもいいのかという違和感です。ふと、どうしてなのだろうと考えてしまいました。

この後、話は主人公の普通とはちょっと違う?生き方を中心に進んでいきました。

すべてがマニュアル化されているコンビニで働くことが自分の全てである主人公の彼女。店では何をするにもマニュアル通りに動けばよいのだということに心地よさと安心感を持ち、マニュアル通りに動いてさえいれば、自分が他人から普通の人に見続けられるのだということがわかっているのですね。自分の生きづらさを他人に見られないように。でも主人公自身はそんなに生きづらいとは感じていないのでしょうが・・。

後半の白羽という人物との絡みがまた普通?では考えられない展開でした。

彼もまた社会の常識に苦しめられており、他者を攻撃してしまうことで自分の心を維持している人物です。

主人公にとっては元同僚以外の何者でもないのに、ある時、同居してしまいます。世間から隠れたいという生きづらさを背負っている彼と同居することで、彼にもメリットがあり、主人公の彼女がちょっと普通ではないと感じている親や妹、そして結婚・出産と普通の生活をしている友人たちに、自分は普通で、みんなと同じだということを示すチャンスと捉えたのでしょう。主人公が言った、「皆が不思議がる部分を、自分の人生から消去していく」という言葉をまさに実行しているのです。この主人公の言葉には胸が痛みました。

 これから社会はますます多様化してくるのでしょう。そしてその多様化を受け入れるには何が必要なのでしょうか。この小説を読んで「普通に生きる」ということについて考えさせられました。